渡辺 隆

長年ともに「ものづくり」を行ってきた設計士・渡辺隆氏と語る建築愛。建築に携わる人間として、私たちがどうあるべきか−
彼の言葉の中には、いつもその答えがありました。設計士とファブリケーター、立場の異なる二人をつなぐ共通の思いとは。

Profile

渡辺隆建築設計事務所
一級建築士 渡辺 隆 Takashi Watanabe
静岡県磐田市生まれ。静岡県立磐田南高等学校、金沢工業大学工学部建築学科卒業。2008年に渡辺隆建築設計事務所を設立。公共建築や地元の大手メーカー等の企業建築の設計監理に携わる。第9回静岡県景観賞最優秀賞(静岡県知事賞)を始め、受賞歴多数。

建築業界の現実

金原 建築は、ものづくりの中でも特にたくさんの人間が製作に携わります。一つのものを作るのに関わる人の数が多ければ多いほど、全員の意志を統一させるのが難しく、完成に至る道程が険しかったりしますよね。
渡辺 建物の設計によっては手間のかかる工程や新しい工法にチャレンジしなければならない場合があるのですが、それに抵抗を覚える職人さんもいます。設計と施工では立場も違いますが、お互いに耳を傾けあう姿勢がなければ建物は一向に完成しない。設計する側は作る側に無理難題を押し付けてはいけないし、作る側もそれが従来のやり方と違ったとしても、まずは検討してみようという姿勢があると、心強く感じます。

ものづくりにブレーキはいらない
美しい建築を生み出す条件

渡辺 私たち設計者は、その建築がコストや技術の面から実現可能かどうかを様々な分野の専門家の方に相談しながら設計監理しています。金原さんは私にとって本当に頼もしいパートナーで、私たちがこだわっていることに対していつも先回りして検証してくれますよね。たった数ミリの見え方の違いのために実際に鉄骨を作ってくれたり、美観的にこだわっている溶接部のビードを削ってくれたり。図面の中で何度検証していたとしても、やっぱり実際に体感してみないと見極められないことは多いです。金原さんはそれをわかっていて、いつも私たちの一歩先にいるんです。

金原 当社では、できないことははっきりできないと言います。しかし、やりたくないという選択肢はありません。せっかく作るならもっともっといいものにしたい。だからこそ、たった1ミリの違いだとしても追求していきたいんです。
渡辺 私たち設計者は決して無茶を言っているわけではなくて、複雑な設計や手間のかかる施工には常に理由があるんです。そういうこだわりに対して、「そんな面倒なことをわざわざする必要があるのか」と疑問を感じている人が一人でもいると、その建築にはいきなりブレーキがかかってしまいます。強くて美しい建築というのは、その過程で納得のいくまで話し合って検証し、全員で自信を持って進むことができてこそ実現するもの。金原さんとはいつもアクセル全開でものづくりができるのでとても楽しいです。

金原 私たちは常にアクセル踏みっぱなしですよね(笑)。時には渡辺さんのアイデアに対して、私や構造設計の先生が「もっとこうしたほうがいいんじゃないか」というふうに舵を切ることもあります。どんなに難しいことでも、お互いの知識や経験で裏づけ合いながらアクセルを踏み続けるという姿勢が大切ですよね。
渡辺 金原さんは、構造設計の先生など有識者の方のお話をどんどん吸収して次に生かしてくれますね。だからこそ、私たちの建築は少しずつ発展していくことができる。これまで建ててきたものの中には、金原さんの技術がなければ実現できなかった建築もたくさんあります。金原工業所は、工事現場を見ていても全体を引っ張っているような印象があります。それはどうしてかというと、金原さんご自身が現場監督を務めてきたということももちろんそうですが、建築を何よりも愛しているからだと思います。金原さんほど建築を愛している鉄骨屋さんは珍しいですよ。

金原 私はやっぱり建築が大好きです。社員にも「俺たちは鉄骨を作っているんじゃなくて、建築を作っているんだ」ということを常に伝えています。当社では、加工方法など、同業の方の相談に乗ることもあります。設計者や施工者、現場監督の方々の負担が少しでも減るようにとの思いからです。私たちのそうした行動の原点にあるのが、「街にいい建築が増えたらいいな」という建築愛!?からです。
渡辺 建築は絶対に一人では作れないものですから、業界全体でよくなっていかないと意味がないですよね。私も検証のためにいつもCGや模型を作りますが、労力を気にしたことはないです。決してどんぶり勘定でいいというわけではなくて、自分たちが完璧に作るために必要な作業は手を抜かずにやりたいというだけです。私たちで言うと設計料の出し方は確かに難しいけれど、どれくらい頑張るかは金額にばかり比例するものではありません。

私たちが1ミリに
こだわる理由

渡辺 こういうものづくりが「普通なんだ」と言えたら理想的ですよね。もちろん、社員の皆さんを食べさせないといけないから、効率的な仕事を優先するというスキルも大切だとは思います。それでも、基本的にものづくりは熱中して取り組まなければなりません。建築の仕事は環境にも人の命にも大きな責任のある分野です。自分たちの利益ばかりを考えて建築に携わるのは危険です。私たちが作るのは美しくて安全で愛される建築でなくてはならないと思います。
金原 建物一つをとっても、そこにはいろんな思いがあります。私たち建築に携わる人間は、常にそれを背負いながら何かを作り続けていかなくてはいけない。今回の対談では、それを再認識することができました。

渡辺 どの段階においても、元請施工者さん・鉄骨屋さんと設計事務所でずっとキャッチボールをしながらやっていかないと建物は完成しません。だからこそ三者の関係性はすごく大切です。私たち設計者は、苦労して作ってもらう分、施工に関わってくださる皆さんが自慢できるものや誇りを持てるものになるようにデザインをしないといけないし、職人さんたちもそこに共感してくれたなら一緒に努力していって欲しい。だからあくまで私たちの関係はフラットじゃないといけないんです。どうしても発注者との距離が近い設計者の力が強くなりがちだけど、それではいけないですよね。金原さんはいつもはっきりと主張してくれますし、そういう理想の関係性が築けているんじゃないかな。